Hello! This is Hirocky.
How're you doing today?
英語を経営者に教えていて、ふと思ったことがありました。
人に教えるってつまり何だろう?
教えることの本質は?
商品をセールスする時にも、そこには「教える」という要素が発生しています。商品説明をして顧客によりよく使ってもらえるように「教える」。
スタッフの指導やリーダー育成にも「教える」ことは必須になります。チームを良い方向に導くために「教える」というように。
あらゆるところで発生している「教える」ですが、その先にあるものが何なのかを考える必要があると思っています。
それは、
自分の思う通りに動いてほしいために「教える」のか?
という事。
これは子育てや部下の育成にも言える事なのですが、こうして欲しいという理想があって、その通りにして欲しいために「教える」という事をやります。
概念や枠組みがない時は、そうやって教え込むということが必要で、そうしないと教えられる方も何をやっていいのか分からない。そういう時にはどんどん「教える」。理想に向けて、そのようにするために「教える」。
でも、先々の事を考えると、
次第に「教える」のを薄くしていき、教えないことを「教える」のがいいと思っています。
相手が “教わる”→“学ぶ” にシフトチェンジした方が、相手の成長が爆発的に伸びる。
そのためには「教える」ことをひかえていく方がいい。
自ら学ぶ楽しさを気付かせるように「教える」という感じ。
つまり、
「教える」には自分がない。無私。
そこには相手の成長だけ。
そういう視点で「教える」を意識すると、商品を買ったお客さんはとびきり喜んでくれるし、指導を受けたスタッフからはとっても感謝されて、自分も「教える」際のストレスがまるでない。無私だからね。
よって、
世界で「教える」が一番得意なのは日本人。そう思ってます。
自分よりも他人を優先するという民度の高さが基本的にはあるし、働く概念も「傍を楽にする」というものだし、近江商人が「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三方よしという心得に至ったのも、相手のことを想ったから。
だから、
そんな日本人は、相手の成長を考えた「教える」ということが得意です。
以前に、京都の大徳寺大仙院の尾関宗園さんこと桃林和尚とお話した時に、こう言ってました。
「教えるのではなく、教えさせていただくや!」
相手の成長のためにお手伝いさせていただくことが、教えるということなんだ。そして、教える方がたくさん学ぶから、得られるものが大きい。そうしたら相手にはさせていただくという気持ちになる。
和尚、解釈間違っていたらゴメンなさい。僕はそう思います。
まだまだ「教える」道は長いですが、引き続き進んでいこうと。
まずは今時点での「教える」についてでした。
それでは、またです。
弥栄
Well, till next time.
Let there be prosperity.